意味としての心

先日、本屋さんで面白そうな本を見つけた。

北山修『意味としての心』
http://www.msz.co.jp/topics/07785/

北山さんは有名な精神科医であり、「あの素晴らしい愛をもう一度」(フォーククルセイダーズ)などの作詞家としても知られている。

精神科と作詞という2つの領域で、共通して大切に扱われる「心」の「ことば」について、「あい」から「わたし」まで、辞書風に、易しい言葉で綴られている。
ちょっとパラパラめくっただけで、何かが丁寧にほどかれていくような感覚になる。

本屋さんでめくった時は見なかったけど、出版社のみすず書房のHPを見ると、こんな事も書いてあるそうな。

〈ゆ(湯)の語源として、「ゆるむこと」「ゆるし」が出てきます。これは日本語を使用する人なら、多くが納得するところでしょう。……その他、「遊」あそぶ。加えて裕、優、雄、有、由など「ゆう」と読ませる漢字の意味を渉猟して得られる大きな発見は、人間や人間におけるポジティブな経験をカバーしていることです。〉

ゆゆゆ。ゆうゆ。ゆ〜ゆ〜。
「ゆ」という音の優しさからイメージが広がります。
ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ(←魚が一列になって泳いでるみたいに見える。)
[PR]
by tsunagumono | 2014-02-13 19:47 | 日日


<< 年度には終わりがある。ものごと... それぞれに >>