東京に暮らして生きて感じたこと

生まれ育ちの名古屋から屋久島、そして東京と、暮らす場所を移動してきて、東京暮らしも一年を越したけど、いま、ここ東京での暮らしが本当に楽しく快適で、好きだ。
あっちよりこっちが良いという比較の話ではなくて、いま、ここでの暮らしがとても好き。

下町からファッション街から閑静な住宅地から、街ごとに風情の異なる様はさすが江戸!と未だにとても新鮮だし、
自然だって身近にたくさんあると私は感じるし、
質の高い展覧会やライブなど人の作り出す文化的で美しいものは毎日そこかしこで溢れてるし、
モノだってきめ細かなニーズに合わせてなんでも揃うし、
穏やかで過ごしやすい気候だし、質の高い医療も充実しているし、暮らしてみたら想像をはるかに上回る素敵な場所だった。
煩悩の多い者にとってはパラダイスだ。

そういう人間の飽くなき欲望がこのどうしようもない格差社会を作り上げてきてしまったのだ、とも言え、一時は自然とともに慎ましく生きようとしていた私も、今ではその腐った社会を押し進める一味に舞い戻ってしまったのかもしれない。
けどほんとは、なんというか、いままでだってひとときも休まず私は一味だったのだ。と今では思う。
使命感を持っていた頃は、自分は社会を善き方向に向けようと尽力している一員だと思っていたけども。

本当に好きなこと、やりたいことをして幸せと感じている気持ちを、だれが強制的に教育的に変えられるだろう。
また、嘘や巨大な悪にからめとられている者に対して、本人の深いところからの意思によって以外に、だれが引きはがす事ができるだろう。
私がいろんな場所で暮らしてみていろんな事を経験してはじめてわかったことがたくさんあったように、本人の実感以外はほとんど何も有効ではないように思う。

今のこの世は、ある面から見れば腐ってるかもしれないし、ある面から見れば好戦的かもしれないし、ある面から見ればとても平和であるとも言える。
腐ってしまっているのは、一部の誰かのせいかもしれないし、全員で積み上げてきたものかもしれない。

でも、心の底から戦争だけがしたい人がいるかな。
心の底から人の不幸だけを喜ぶ人がいるかな。
こどもの笑顔を見て、思わず顔がほころんでしまうようなそういうものって、人が標準装備として持っている生命の贈り物だと私は思っている。
単純で稚拙だけど、それが私の実感だし、信じたいと思っている事なのだ。
生きて病んで死んで行く喜びと哀しさ、ひっくるめてを味わいたい。
何が言いたいかわからなくなっちゃった。
つまり、みんな好きよ。ってこと。かな。
いや、、、別にそんな事を言いたかったのでもなく。
今の暮らしが楽しくて幸せだってこと。
なんかものすごく長くて熱くなっちゃったなー。まいいか。笑
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by tsunagumono | 2012-03-26 20:16 | 日日


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