カテゴリ:日日( 60 )

意味としての心

先日、本屋さんで面白そうな本を見つけた。

北山修『意味としての心』
http://www.msz.co.jp/topics/07785/

北山さんは有名な精神科医であり、「あの素晴らしい愛をもう一度」(フォーククルセイダーズ)などの作詞家としても知られている。

精神科と作詞という2つの領域で、共通して大切に扱われる「心」の「ことば」について、「あい」から「わたし」まで、辞書風に、易しい言葉で綴られている。
ちょっとパラパラめくっただけで、何かが丁寧にほどかれていくような感覚になる。

本屋さんでめくった時は見なかったけど、出版社のみすず書房のHPを見ると、こんな事も書いてあるそうな。

〈ゆ(湯)の語源として、「ゆるむこと」「ゆるし」が出てきます。これは日本語を使用する人なら、多くが納得するところでしょう。……その他、「遊」あそぶ。加えて裕、優、雄、有、由など「ゆう」と読ませる漢字の意味を渉猟して得られる大きな発見は、人間や人間におけるポジティブな経験をカバーしていることです。〉

ゆゆゆ。ゆうゆ。ゆ〜ゆ〜。
「ゆ」という音の優しさからイメージが広がります。
ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ(←魚が一列になって泳いでるみたいに見える。)
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by tsunagumono | 2014-02-13 19:47 | 日日

生命の

昨日職場の先輩に聞いた、ちょっとイイ話。

この前の大雪の翌日、近所の住宅街で全裸で雪かきしてたおじさんがいたんだって!

それ聞いてみんな「キャ〜〜!いやだ〜〜〜!」って笑ってたけど
私はそのおじさんを想像して、なんかすっごく嬉しくなっちゃった。

近年まれにみる大雪で生命力が刺激されて、すっごく嬉しくなっちゃったんじゃないかしら、おじさん。住宅街だよ。自宅前??
雪かきで暑くなって汗かいて、でも嬉しくて、ついつい脱ぎすぎちゃったのね。
生まれたまんまの姿になりたくなる気持ち、なんだかわかる。
雪の白さに照らされて、さぞかし神々しかった事だろうと想像する☆
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by tsunagumono | 2014-02-11 19:50 | 日日

気持ちが沈んでる***都知事選を終えて


東京都民はバカだとか、舛添や田母神に入れるなんて信じられないとか、選挙に行かない奴はバカだとか、マスコミを鵜呑みにする奴はバカだとか、最近の若者はとか、、、、
そういう言葉が飛び交っているのを見ると、なんだか気持ちが凹んでくる。

誰かにバカと言われるのは嫌だし絶望されるのも辛い。
全く意見の違う人とか、物事を自分でしっかり判断できない人に対しても、
同じ時代を生きる人同士として、敬意を持っていたい。
甘いのでしょうか・・・。

私だって、何事も自分の頭でしっかり判断し行動のできる人間かと言ったらもう全然で、大体の事を抵抗せず「仕方ない」で済ませてしまう人間で、それこそバカの一人です。

都知事選の結果がうんぬんではなく、
自分自身の中身のなさをあぶり出されてる感じ。
だから不特定の誰かが言われている事も、とても痛い。
ただただ、私の内側でバーカバーカと反響しているのです。

でもこんな大人になってしまった自分を誰かがどうにかしてくれるわけでもなく。
情けない自分を煮っ転がしています。
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by tsunagumono | 2014-02-10 19:50 | 日日

布団の中で、じん。

毎日ではないけど、時々寝る前に布団の中ですることがある。
思い浮かぶ一人一人に、感謝というか愛というか、うまく名前はつけられないけれど暖かい気持ちのよう思いを馳せる事をする。

今日触れ合った人、遠くの友人、いま病気の人、もう亡くなってしまった人、親戚、などなど、とにかく次々を思い浮かんだ人に、まんべんなく思いを馳せる。

さっきやってたら、都知事選の候補者たちが思い浮かんだ。
宇都宮さんや細川さん、舛添さん、タモさん、マックさん、家入さん、などなど一人一人思ってたら、どの人も皆、命かけて頑張ってるのが想像できて、
後援の人たちも含めて、みんな生きてるな〜。みんな大好き。みんな頑張って!って思いがじん。と溢れてきた。
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by tsunagumono | 2014-02-07 19:51 | 日日

不思議な一週間

先週の月曜日、私はお財布をなくし、インフルエンザに罹った。
ちょうど熱がピークの木曜日に、夫も旅先で財布をなくした。
(夫のは手元に戻ってきた。私のは戻ってきてない。)
熱も下がり、明日から園にカムバックです。

対の反転扉みたいな、不思議な一週間でした。
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by tsunagumono | 2014-02-03 19:56 | 日日

財布なくす

あれま!
映画から帰ってきたら財布がない。

映画の帰り、新しいお財布欲しいな〜って、お店でぷらぷら見てたのに傷ついて姿を消したのだろうか・・・。

現金2〜3千円しか入ってなかったはず。笑
免許証・保険証やカード類、面倒くさー。
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by tsunagumono | 2014-01-27 21:35 | 日日

引き出しがすこしずつ

「引き出しを増やす」っていう言葉があるけど、
新年明けてから、こんな引き出しいつの間にできてた?って事がぽんぽんっと続いてる。仕事のはなしだけど。

子どもたちみんな個々それぞれに、障害特性の現れ方に特徴を持っていて。
常識の範囲からは大きく飛び出たこだわりや、関わりにくさみたいなものを持つ子たちが、集団の中でできるだけ快適に楽しく充実した日々を過ごすには、関わる私たちにものすごく多くの引き出しを要求される。

全く未経験だった私は、手持ちの引き出しが少なくて、直感だけで、そしてなにより先輩たちからたくさんフォローしてもらってやってきたけど、とにかく私自身、仕事が楽しくて楽しくて仕方がないという事だけは飛び抜けてた。

楽しい中でも、壁にぶちあたったり、そうかと思えば急に何かを掴めたような感じになったりの繰り返しだけど、そんな中ここのところ、何か知らない引き出しが増えたみたい。笑

子どもがパニックになったりして、「さ〜あ、ワタシ、どう対応する!?」みたいな状況になったとき、今まで見てきた誰かのやり方とか、どこかで読んだ事ではない、全く別のやり方がふっと降りて(?)きて、上手くいった、という事がちょっと続いていて、なんだか嬉しいのです。

そのやり方自体はたいした事ではないのだけど、なんというか、自分の中だけでわかる、繋がってる実感があって。

新しく現れた引き出しが、繋がってるのです。どこかに。
それはこの仕事を始めてから積み重ねてきた経験でもあるし、
もっと、私が生まれてから今までに積み重ねてきた層のようなものとの繋がりでもあるし、
相手の子とのパーソナルな繋がりでもあるし、
もっと言えば、私というパーソナルな枠を超えて取り巻く大いなるものとの繋がりでもあるし。

そういうものが、前よりもうまく繋がり出した、電気の接触が良くなったような、そういう感じがします。
まだ風が吹くと消えそうになる豆電球のようでもあるけど、電球ひとつつくと、いろんなものが見え出します。
もうすぐ今の仕事初めて二年になるけど、まだそんな段階かい!とも思うし、ようやくここまで来た、とも思います。

ああ・・・。楽しい。しあわせ◎
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by tsunagumono | 2014-01-20 18:54 | 日日

藤沢まゆさん個展

今日は、藤沢まゆさんの個展へ行ってきました。
共通の友達も多く、前に写真で作品を見た時から絶対に観たいと思っていた絵。
筒染めという、伝統的な染めの技法で描かれた(染められた)絵です。

植物、虫たち、魚や動物たちが境目なく溶け合う絵、そのひとつひとつに、小さな物語がついていて、世界観にぐいぐい引き込まれました。
ほんっっっとに素敵で。
世界は素晴らしいなあって感動しました。

まゆさんとも会えて、というか、
M氏さんの奥さんですよね〜〜?ってバレてて(笑)、
たくさんお話できて、楽しかった!!!


世田谷・経堂のcafe+gallery芝生にて
1/28(火)までです。是非!



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by tsunagumono | 2014-01-19 18:55 | 日日

夫の個展

昨日は夫の個展のオープニングでした。

会場を埋め尽くすたくさんの人においでいただきました。
自分の伴侶が、本当にたくさんの人や事、物(目に見える見えないを超えて)に支えていただいている事、そして私も同時に支えられている事、本当に本当に感謝の思いがうわーっと溢れ出すような気持ちでいっぱいです。

私はほんとに傲慢で怠惰な性格なので、すぐにそういう事を忘れてしまうのですが、こうして時々ハッと思い出させていただける機会をありがたく感じます。

昨日はそんなわけでたくさんの人と会い、お話できて、自分の内側の玉みたいなものの、色んな角度に光をあててキュキュっと磨いてもらった気分です。

もう一度ゆっくりとその玉を取り出して手に持ち眺め、撫でながら手触りを確認してるような今朝です。
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by tsunagumono | 2014-01-18 18:57 | 日日

思い。

インターネットが普及し、ブログとかmixiとかFBとかで、自分の思った事を書いて公開するような機会が増えたころ、初めて気づいた事がある。

ネットで、たくさんの感じた事をものすごく豊かに言葉で表現している人が、
実際に会うと、シャイなのかどうか、ものすごく無口で大人しく、ずっと人の話しを聞いてるだけだったりすることがよくある。
かなり打ち解けた間柄の人でも、そういう事がある。

この無口な人が、内側ではあふれんばかりの事を感じてるんだなあと、そのギャップに奥行きを感じてまぶしかったりする。

園の子たちも、言葉の全く出ない子が半分以上なのだけど、内側ではあふれんばかりの何があるのだろうと、精一杯耳をすます。
そのほんの一部さえもうまく理解できてないかもしれないけど。それでも耳をすます。

そういう私も、前までは思った事を何でも話すようなおしゃべりだった気がするのだけど、気がついたら今は、人とほとんど話をしなくなっている。
前よりも、人見知りになってきたのもある。
最初からフランクに打ち解けないといけないという呪縛がとれてきたのかもしれない。

世間話はそれなりに合わせられるけど、そうでない話、自分の内側で感じてるような事は、会話の場面になると奥の方に引っ込んでしまうようになって、何をどう話せばいいのかわからなくなってしまう。
たまにそれが奥の方から出てきた時だけ、いっぱいしゃべれる。

だから何、というわけじゃないのだけど、さっきやっぱり無口な友達のブログを見て思い出した。
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by tsunagumono | 2014-01-14 19:23 | 日日