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窓のそと。タコあげ。

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窓の外からぴーちくぱーちく聞こえてきたかと思ったら子どもたちがたこあげ。
「先生みてみて!」「ねえねえみてみて!」

わたしも思わずカメラを掴んで外へ走り出しちゃいました。
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by tsunagumono | 2012-01-13 10:40 | 窓のそと

雑感



リビングから見える外の景色が本当にきれいで、本当にきれいで、毎日毎瞬たまらない気持ちになります。

枯れた草に薄白く光る霜が遠くまで続いてきらめいています。
富士山は朝日に照らされて桜色に薄く染まっています。
空は雪が重なったような透明の青です。
どこかの陸上部の選手たちが信じられないスピードで次々と土手を駆けて行きます。
わんこと飼い主は他が入りこむ事のできない信頼関係で仲睦まじくお散歩しています。
測量のおじさんたちが今日もやってきて仕事の準備をしています。
橋の上の車の量が増えてきました。
今日のはじまりです。
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by tsunagumono | 2012-01-12 20:08 | 窓のそと

よわいちから。



夫が11月から準備を進めてきた個展が、いよいよ来週の火曜日から始まります。

タイトルは「よわいちから」。
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個展の日時を決定した11月の頭、夫がベランダに出てしばらく外を眺めたあと、とつぜん
「個展のタイトルが浮かんだ。よわいちから。」と確信を持った顔でつぶやきました。
よわいちから。不思議な言葉です。

そのときは、本人にもそれが何を意味するのか、はっきりとわかっていなかったように思いますが、
それから毎日、その言葉に導かれるようにして絵を描き続け、その意味するものへとどんどん深く潜っていくのが、絵を観ても、また日々の様子からも感じとれました。


かたや私はそのころ「よわいちから」を地で行くような毎日でした。
それは今もずっと続いていますが、毎日12時間もの睡眠がそれを象徴しているように思います。
心も夢の世界のような深海魚のような、いまこの現実の世界の中でなにか前へと進んでいく方向ではなく、深い場所でじんわりと潜っているような、それは外から見るとまるで何もしていないような毎日です。
精神世界にどっぷりと浸かっていたという事ではなく、そういうものも含めあらゆる活動を休める事でなにか自分の意識では認識できない部分が活動しているようでした。

そんな私のモードと夫の個展のテーマがリンクしているのかしていないのか定かではありませんが、私は私の解釈の中で、この「よわいちから」というものが途方もなくこの世を支えているのをはっきりと感じています。
それはあまりにも今まで見過ごされてきたもの。
「つよいちから」は目に見えるけど、「よわいちから」は目には見えない。
言い換えれば、夜とか、闇とか、そんな風にも言えるかもしれません。

この個展の絵を描き進めていくうちに、「よわいちから」のシンボルとして天使の絵が描かれるようになりました。
天使と言えば、一般的に「光」のイメージですが、私の中では闇の中にあるちからというイメージです。闇が癒すちからとでも言うか。(夫がどういう解釈で描いているのかは知りません。笑)


個展に出品される絵は、キャンバスに絵の具で一筆一筆描いたものです。
いつもブログに載せている絵はコンピューターで色づけをしていて、画面の中でしかみることができませんが、「物」として現れた絵はまた全く違う空気を放っています。
その絵に、いま、とても素敵な額をつけてもらっています。
まさに、「誕生!」という感じ。

個展はたったの6日間です。(1月17日〜22日)
よわいちからが充満した会場に、ぜひぜひ、足をおはこびください。
ギャラリーのあるカフェスローさんは、ご飯も飲み物もとてもおいしく、大人もお子様もゆったりとくつろげるとても素敵なカフェです。併せてお楽しみください。

個展を記念してカードも作りました。
併せてマシマタケシのホームページも久々に更新しました。
どうぞよろしく。
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by tsunagumono | 2012-01-11 16:13 | おしらせ

市井の人々。



この年末年始はよく本を読んでいる。
小説や映画の中に出てくる市井の人々が大好きだ。

喜び、怒り、悩み、泣き、怠け、浮かれ、いばり散らし、病気になり、老い、恋をし、ふられ、残酷で、自分勝手で、凶暴で、愚かで、情け深く、挫折し、、、

私もそんな風に生きたいと思う。
思いっきり俗っぽく生きたい。
新しい年が始まって、そんなことをぼんやりと思っている。

今までのわたしは、聖なるものを求めていた。
ちょうどこのブログを始めたころなんかは、ものすごく、求めていたのだと思う。
そして、聖なるものを垣間みた後、そこから俗世間を、まるでドラマでも見るかのように他人事のように眺めた時期があった。
あのときは、そうしかできなかったし、そうしたかったのだと思う。

その後、ひらひらとゆっくり紙くずが寄り道をしながら地面に降りていくようにして、着地したのがいまの心境です。

聖なるもの。それは、たぶんわたしたち一人残らずの本質だから、求める必要はないんじゃないかと思ったのです。
そこから生まれてそこへ帰っていくのだろうから、
どこか頭の端の方でそれを掴んでいればよく、
いまは、この俗にまみれた人間界のあーだこーだを味わいたい、
そんな気持ちです。

これからは、
地面に這いつくばってうようよと(笑)、深刻に悩んだり、大笑いしたり、難問を解決したりできなかったりしながら、生きる事の妙味を味わっていきたいなあなんて思う。
(いままでも結局の所それをやっていたのだろうけどさ。)
傍目には変わらないのだろうけど、大きな心境の変化です。

今年はこれをしたい!みたいな目標のようなものが世間に対しても自分に対しても何ひとつなく、やる気もなく、
例年以上に冴えない年始で、
まるで広野にほっぽり出されているような心細さですが、
その心細さを味わうのが抱負ともいえるかもしれません。(笑)
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by tsunagumono | 2012-01-06 15:38 | 日日